コラム6: ことばを大切に
英語であろうと日本語であろうと、ことばを大切にしたいと Kunishiro は日頃から思っています。私たち日本人は、まずは母国語である日本語を正しく使うことに目を向ける必要があるのではないでしょうか。
日本に長く住み、日本語が理解できる外国人は数多くいます。いつまでもカタコトの日本語で満足し、一向に上達しない人もいれば、正しい日本語を身に付けることに貪欲で、常に正しい日本語を使うことを意識している人もいます。こういう人たちの日本語を聞いていると、Kunishiro は頭が下がる思いになります。それは、彼らが日本人よりも日本語を大切にしているからです。
日本語を大切にしている外国人に接して、日本人として恥ずかしく思うことが 1 つあります。それは、最近のカタカナ語の多さです。ラジオやテレビなど、日本語として定着し、それ以外の言い方のほうが不自然なものはかまわないのですが、「それって、ちゃんとした日本語があるでしょ」というようなものまで、最近ではカタカナ英語を使う傾向があるような気がします。英語のほうがそんなにかっこいいんでしょうか。日本語を真剣に勉強している外国人にとっては、はてなと思うことも多々あるような気がします。また、「なにげに」や「さりげに」など、間違った日本語を平気で使う日本人も多くいます。
日本語としてまだ定着していない英単語をやたらと使う著名人もいます。こういう人のスピーチを聞くと残念に思ってしまいます。その概念を日本語で表しにくかったり、日本語にすると説明的になってしまうことばも確かにあります。しかし、英語ができる人であれるならば、なおさらのことできるだけ日本語に置きかえる努力をしてほしいと思います(そのほうがかっこよくないですか)。
また、日本語の文章の中に英単語を使う人もいます。日英翻訳の仕事をしていて、文章中に英単語が使われた原稿を受け取ることも時々あります。たとえば、以下のような具合です。
Tray を Set して、正常に機能するかどうか Test してください。
ちゃんと「トレーをセットして、正常に機能するかどうかテストしてください」と書いてほしいと思います。英単語混じりの日本語の文章は、文章全体の品格を落としているような気がしてなりません。
日本語を真剣に学ぼうとしている外国人は、決してこんなことはしないでしょう。日本語の文章に英単語を交えるこのような行為は、英語と日本語の両方を冒涜しているような気がします。日本語でコミュニケーションする場合には、外国語を使っているような気持ちできちんとした日本語を、英語でコミュニケーションする場合には、きちんとした英語を使う。これがことばを大切にするということではないかと Kunishiro は思っています。
カテゴリー: 5. 日本語
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日本に長く住み、日本語が理解できる外国人は数多くいます。いつまでもカタコトの日本語で満足し、一向に上達しない人もいれば、正しい日本語を身に付けることに貪欲で、常に正しい日本語を使うことを意識している人もいます。こういう人たちの日本語を聞いていると、Kunishiro は頭が下がる思いになります。それは、彼らが日本人よりも日本語を大切にしているからです。
日本語を大切にしている外国人に接して、日本人として恥ずかしく思うことが 1 つあります。それは、最近のカタカナ語の多さです。ラジオやテレビなど、日本語として定着し、それ以外の言い方のほうが不自然なものはかまわないのですが、「それって、ちゃんとした日本語があるでしょ」というようなものまで、最近ではカタカナ英語を使う傾向があるような気がします。英語のほうがそんなにかっこいいんでしょうか。日本語を真剣に勉強している外国人にとっては、はてなと思うことも多々あるような気がします。また、「なにげに」や「さりげに」など、間違った日本語を平気で使う日本人も多くいます。
日本語としてまだ定着していない英単語をやたらと使う著名人もいます。こういう人のスピーチを聞くと残念に思ってしまいます。その概念を日本語で表しにくかったり、日本語にすると説明的になってしまうことばも確かにあります。しかし、英語ができる人であれるならば、なおさらのことできるだけ日本語に置きかえる努力をしてほしいと思います(そのほうがかっこよくないですか)。
また、日本語の文章の中に英単語を使う人もいます。日英翻訳の仕事をしていて、文章中に英単語が使われた原稿を受け取ることも時々あります。たとえば、以下のような具合です。
Tray を Set して、正常に機能するかどうか Test してください。
ちゃんと「トレーをセットして、正常に機能するかどうかテストしてください」と書いてほしいと思います。英単語混じりの日本語の文章は、文章全体の品格を落としているような気がしてなりません。
日本語を真剣に学ぼうとしている外国人は、決してこんなことはしないでしょう。日本語の文章に英単語を交えるこのような行為は、英語と日本語の両方を冒涜しているような気がします。日本語でコミュニケーションする場合には、外国語を使っているような気持ちできちんとした日本語を、英語でコミュニケーションする場合には、きちんとした英語を使う。これがことばを大切にするということではないかと Kunishiro は思っています。
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