参考資料はいらない

 翻訳の仕事では参考資料が与えられることが多々ありますが、正直言って参考資料がある案件はあまり好きではありません。手間が増えるだけで、翻訳の助けになることがあまりないからです。

 参考資料にもさまざまなものがありますが、最もやっかいなのが類似文書の過去訳です。私の場合、仕事の 7 ~ 8 割が英訳なのですが、ほかの翻訳会社(翻訳者)または社内で訳したと思われる類似文書の過去訳が、何の指示もなく、単に参考資料として添付されていることがよくあります。

 過去の英訳の場合、とてもプロの翻訳者が訳したとは思えないような、とんでもない訳語や訳文が満載のへんてこりんな翻訳であることも珍しくありません。そのような場合は、事情を説明して「参考資料は無視させてください」と申し出ることにしています。

 過去に類似した翻訳がある場合、何らかの役に立つだろうと考えて、参考資料としてそのファイルを渡したくなるクライアントの気持ちは理解できます。しかし、翻訳エージェントには、そのような参考資料をそのまま翻訳者に転送するのではなく、本当に翻訳の品質向上に寄与するレベルのものであるのかを吟味し、何をどの程度参考にするのかを明確にしてもらいたいと思います。

 参考資料といっても、どの程度参考にすべきなのかについては、以下のようにさまざまなレベルがあります。

  1. 具体的に何を踏襲するということではなく、参考にできる項目があれば参考にする
  2. 参考資料で使われている組織名や製品名などの固有名詞の訳語を踏襲する
  3. 上記に加えて、専門用語の訳語も踏襲する
  4. 上記に加えて、一般用語の訳語も踏襲する
  5. 上記に加えて、言い回しや表現も踏襲する

 求められるレベルが 1 または 2 であれば、翻訳者の負担はそれほど増えないのですが、レベル 3 以上のものが求められる場合は、訳語リストや原文と訳文のデータベースを作成していただけると助かります。翻訳者側で、過去の原文と訳文を突き合わせて、訳語をすべて正確に拾い出すのは大変であり、完全に過去訳に合わせることは不可能です。

 また、クライアント側でも、その参考資料を本当に参照する必要があるかどうかを添付する前に考えてもらえると助かります。参考資料がないほうが品質の高い翻訳になることもあります。正直言って、参考資料はいりません。


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