「ネール」と「ネイル」、「行う」と「行なう」、「押さえる」と「押さわる」
爪をきれいに装飾する行為のことを「ネール」と書いて妻に送りました。あとで、「普通『ネール』じゃなくて『ネイル』って書くやろ。それでも翻訳者か?」と言われてしまいました。そう言われてみれば確かに「ネール」は変です。爪を装飾する行為は「ネイル」と書かないと別のものに思えてしまいます。「メール」「セーフ」「ネーム」など、日頃「エイ」の音をカタカナ表記する際は長音記号を使うため、ついついその規則に従って「ネール」と書いてしまいました。そのことを妻に説明し、「これは翻訳者ゆえの間違いや」と弁解しました。そのあと、thumbnail は、「サムネール」か、それとも「サムネイル」かという新たな疑問が生じましたが。
カタカナ語の表記だけでなく、送りがなも悩みの種です。先日、納品した訳文の「行なう」という表記が「行う」に修正されていました。駆け出しの頃、「『行って』と書くと、『いって』とも読めるので、『行なって』と書くのが好ましい」のようなこと書いている本を読み、それ以来「行なう」という送りがなを使ってきました。ただし、翻訳者の間でも「行う」を支持する人が多いようなので、今後「行う」派に転身しようかと思案中です。
最後に、たぶんわが家だけでしか通用しないであろう「押さわる」という日本語について。簡単に言うと、私は「押さえる」の自動詞として「押さわる」を使っています。たとえば、「カバンを壁にぶつけたとき、中に入ってた携帯電話の通話ボタンが押さわった」などと言います。「押される」との違いは、「知らない間に」とか「押されたらいけない状況で」とか「自然に」といったニュアンスが含まれることです。もちろん、これは誤用であり、こんな日本語が存在しないことは知っているので、訳文で「押さわる」を使うことは絶対にありません。念のため。
久しぶりに仕事が途切れて時間ができたので、最近感じたことばに関するあれこれについて書きなぐってみました。
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