コラム 44: 「が」と「は」
英文を日本語に訳しているときに、「は」を使うべきか「が」を使うべきか悩むことがあります。一般的に、既知の情報については「は」を、未知の情報については「が」を使うということになっています。しかし、この規則には例外も多く、どちらでもいいと思えるケースや、人によって感じ方が異なるケースがあり、「は」と「が」の使い分けはそれほど簡単なものではありません。
ある中華料理店でこんな貼り紙を見かけました。
日本人全員がこの貼り紙に違和感を覚えるかどうかはわかりませんが、私にはちょっと気持ち悪い日本語に思えます。「ギョーザが売り切れました」という表現は、「何が売り切れましたか?」という質問に対する答だと思えるからです。餃子はこの店の看板メニューです。餃子を目当てに来る客やお持ち帰りの餃子を買いに来る人も多くいます。したがって、看板メニューの餃子が売り切れた場合、客が店内に入る(お持ち帰りの餃子を注文する)前に、そのことを伝える必要があります。
「本日、ギョーザが売り切れました」という貼り紙を見ると、「当店では毎日いろんなメニューが売り切れますが、今日は餃子が売り切れました」と言っているような印象を与えます。しかし、伝えたい情報は「何が売り切れたか」ではなく、「餃子はどうなのか(まだあるのか、それとも売り切れてしまったのか)」です。しがたって、この場合は「ギョーザは売り切れました」とするべきではないかと思います。
「本日、ギョーザが売り切れました」は、以下のいずれかに変えると状況に応じた自然な日本語になると思います。
1. 本日、ギョーザは売り切れました。
2. 本日、ギョーザは売り切れです。
また、いつもは売り切れないのだけれども、「今日は売り切れた」というニュアンスを込めて、「本日は」とすることも可能だと思います。
3. 本日は、ギョーザは売り切れました。
4. 本日は、ギョーザ売り切れました。
ただし、3 は、「は」が 2 回続いて気持ち悪く感じるので、3 よりも 4 のほうが私は好きです(4 は、中華料理店の貼り紙であれば問題はありませんが、くだけた表現なのでちゃんとした文書で使うのには問題がありますが)。伝える情報が、「餃子」と「売り切れ」だけであれば、単に「餃子は売り切れました」で済むのですが、「本日」という 3 つ目の情報があることが、表現のバリエーションを増やしている要因だと思われます。しかし、「本日」はわかりきった情報であり、「本日」をなくしたからと言って、情報を誤読する人はいないでしょう。そう考えると、もっと簡単に
5. ギョーザは売り切れました。
または
6. ギョーザ売り切れました。
などとするのが最も自然な表現かもしれません。しかし、翻訳の場合は、どうしても原文の情報を削れない場合もあります(というよりも、一般的には、翻訳者が原文の情報を勝手に削ることは許されません)。この場合、3 のような「は」の重なりを避けつつ、4 や 6 のようなくだけた表現(助詞の省略)を避けて、すべての情報を盛り込むには工夫が必要になります。たとえば、
7. 本日分のギョーザは売り切れました。
などとするのも 1 つの手かもしれません。
既知の情報は「は」で表すといっても、伝える情報が多くなると表現のバリエーションが増えます。このような多くのバリエーションから最も適切な表現を選ぶことは翻訳の難しさの 1 つですが、逆にそれが翻訳の楽しさの 1 つでもあると言えるかもしれません。
既知と未知、「は」と「が」については、『日本語の文法を考える』で詳しく解説されており、「は」と「が」の違い、日本語における主語の捕らえ方など、日本語の発想を理解するのに役に立ちます。
カテゴリー: 5. 日本語
<< コラム43 へ | 記事一覧 | コラム#41 - 50 の概要へ | コラム 45 へ >>
ある中華料理店でこんな貼り紙を見かけました。
日本人全員がこの貼り紙に違和感を覚えるかどうかはわかりませんが、私にはちょっと気持ち悪い日本語に思えます。「ギョーザが売り切れました」という表現は、「何が売り切れましたか?」という質問に対する答だと思えるからです。餃子はこの店の看板メニューです。餃子を目当てに来る客やお持ち帰りの餃子を買いに来る人も多くいます。したがって、看板メニューの餃子が売り切れた場合、客が店内に入る(お持ち帰りの餃子を注文する)前に、そのことを伝える必要があります。
「本日、ギョーザが売り切れました」という貼り紙を見ると、「当店では毎日いろんなメニューが売り切れますが、今日は餃子が売り切れました」と言っているような印象を与えます。しかし、伝えたい情報は「何が売り切れたか」ではなく、「餃子はどうなのか(まだあるのか、それとも売り切れてしまったのか)」です。しがたって、この場合は「ギョーザは売り切れました」とするべきではないかと思います。
「本日、ギョーザが売り切れました」は、以下のいずれかに変えると状況に応じた自然な日本語になると思います。
1. 本日、ギョーザは売り切れました。
2. 本日、ギョーザは売り切れです。
また、いつもは売り切れないのだけれども、「今日は売り切れた」というニュアンスを込めて、「本日は」とすることも可能だと思います。
3. 本日は、ギョーザは売り切れました。
4. 本日は、ギョーザ売り切れました。
ただし、3 は、「は」が 2 回続いて気持ち悪く感じるので、3 よりも 4 のほうが私は好きです(4 は、中華料理店の貼り紙であれば問題はありませんが、くだけた表現なのでちゃんとした文書で使うのには問題がありますが)。伝える情報が、「餃子」と「売り切れ」だけであれば、単に「餃子は売り切れました」で済むのですが、「本日」という 3 つ目の情報があることが、表現のバリエーションを増やしている要因だと思われます。しかし、「本日」はわかりきった情報であり、「本日」をなくしたからと言って、情報を誤読する人はいないでしょう。そう考えると、もっと簡単に
5. ギョーザは売り切れました。
または
6. ギョーザ売り切れました。
などとするのが最も自然な表現かもしれません。しかし、翻訳の場合は、どうしても原文の情報を削れない場合もあります(というよりも、一般的には、翻訳者が原文の情報を勝手に削ることは許されません)。この場合、3 のような「は」の重なりを避けつつ、4 や 6 のようなくだけた表現(助詞の省略)を避けて、すべての情報を盛り込むには工夫が必要になります。たとえば、
7. 本日分のギョーザは売り切れました。
などとするのも 1 つの手かもしれません。
既知の情報は「は」で表すといっても、伝える情報が多くなると表現のバリエーションが増えます。このような多くのバリエーションから最も適切な表現を選ぶことは翻訳の難しさの 1 つですが、逆にそれが翻訳の楽しさの 1 つでもあると言えるかもしれません。
既知と未知、「は」と「が」については、『日本語の文法を考える』で詳しく解説されており、「は」と「が」の違い、日本語における主語の捕らえ方など、日本語の発想を理解するのに役に立ちます。
日本語の文法を考える (岩波新書 黄版 53) 大野 晋 岩波書店 1978-07-20 by G-Tools |
カテゴリー: 5. 日本語
関連記事
Copyright © Kunishiro. All Rights Reserved. テンプレート by ネットマニア