コラム 45: 「やつ」と準体助詞の「の」
Diary 9246 のエントリー「パソコン要らないやつ」で、EPSON のプリンター(Colorio Me)の CM で使われている「パソコン要らないやつで〜す」という台詞について書きました。「パソコン要らないやつです」は、「パソコン。要らないやつです(= 要らないパソコンです)」という意味と「パソコンが要らないやつ(= パソコンを必要としないやつ)」という意味の 2 とおりに解釈できるということが言いたかったのですが、ある方からこんなコメントをいただきました。
たとえば、その物の名前がわからないときや、同じことばを繰り返すのを避けたいときに、「やつ」を使います。その物の名前がよくわからない黒い物体を取ってほしいときに、「そこの黒いやつを取ってください」などといいます。「そのピカピカ光ってるやつが好きです」のような言い方もします。
「黒いやつ」は、英語で言うところの black one でしょうか。このような「やつ」をほかのもっと丁寧なことばに言い換えることができないかと考えてみたら、「やつ」は「の」に置き換えられることに気づきました。「そこの黒いやつを取って」は「そこの黒いのを取って」に、「そのピカピカ光ってるやつが好きです」は、「そのピカピカ光ってるのが好きです」に言い換えるとことができます。関西弁では「の」の代わりに、「のん」や「ん」を使って、「黒いのん」や「黒いん」と言うこともあります。
英語の black one における one は代名詞ですが、日本語のこのような用法の「の」は準体助詞と呼ばれるものであることが判明しました。コトバンクで、準体助詞は以下のように説明されています。
しかし、「パソコン要らないやつです」を「パソコン要らないのです」に言い換えても、何かしっくりきません。「パソコン要らないのです」は、単に「パソコン要らないです」の強調表現に聞こえてしまいます。「黒いのです」が「黒いです」の変形表現であるのと同じです。どうも、準体助詞の「の」を「○○「の」です」という形式で使うと、正しく解釈されないようです。それでは、「○○のです」は常におかしいかというと、「○○やつです」と同じ意味に解釈できる状況もあります。たとえば、次のようなケースです。
客: 年賀状を印刷するプリンターを探してるんですが。
店員: パソコンが要るのと要らないのがありますが。
客: パソコンが要らないのはどれですか?
店員: これが、パソコンが要らないのです。
ちょっと苦しいかもしれませんが、正しく意味は伝わっていると思います。しかし、「○○のです」が成立するのは、質問に対する答えなど、「の」が指すものが明らかな場合だけであり、EPSON の CM のようなケースで、いきなり「パソコン要らないのです」と言っても、正しく解釈されないおそれがあります。CM のケースで、「パソコン要らないやつです」を準体助詞「の」を使って、意味が正しく伝わるように上品に言い換えることはできないのでしょうか。一生懸命考えてみましたが、まったく思いつきません(わかる方がいらっしゃれば、Diary 9246 の「パソコン要らないやつ」にコメントをいただけるとありがたいです)。
参考・参照サイト:
>> 準体助詞(の、ん、のん、たん)
カテゴリー: 5. 日本語
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私も、「パソコン要らないやつ」は気になっていました。意味の誤解はなかったものの、「やつ」という言葉がどうもひっかかります。乱暴で、楽な言葉ですよね。 小学生の娘に、「やつ」を本来の言葉に言い換えて話しなさいと言っているのですが、苦戦しています。 綺麗な言葉って難しいです。この方は、私とはまったく異なる観点から、「パソコン要らないやつ」が気になっていたようです。確かに、人のことを「やつ」と呼ぶのは少し乱暴で下品かもしれませんが、物を「やつ」と呼ぶことは、私はそれほど気になりませんでした。
たとえば、その物の名前がわからないときや、同じことばを繰り返すのを避けたいときに、「やつ」を使います。その物の名前がよくわからない黒い物体を取ってほしいときに、「そこの黒いやつを取ってください」などといいます。「そのピカピカ光ってるやつが好きです」のような言い方もします。
「黒いやつ」は、英語で言うところの black one でしょうか。このような「やつ」をほかのもっと丁寧なことばに言い換えることができないかと考えてみたら、「やつ」は「の」に置き換えられることに気づきました。「そこの黒いやつを取って」は「そこの黒いのを取って」に、「そのピカピカ光ってるやつが好きです」は、「そのピカピカ光ってるのが好きです」に言い換えるとことができます。関西弁では「の」の代わりに、「のん」や「ん」を使って、「黒いのん」や「黒いん」と言うこともあります。
英語の black one における one は代名詞ですが、日本語のこのような用法の「の」は準体助詞と呼ばれるものであることが判明しました。コトバンクで、準体助詞は以下のように説明されています。
じゅんたい‐じょし 【準体助詞】準体助詞には、「の」や「から」があるとなっていますが、いくら調べても、「やつ」が準体助詞であるという説明は見つかりませんでした。小学館の国語大辞典の「やつ」の項目に、「物をさしてそれを強調する俗語的ないい方」という記述がありました。「黒いやつ」の「やつ」は、どうやらこの用法に該当しそうです。ということは、「やつ」は準体助詞ではないということであり、あまり上品な言い方ではないということになります。
助詞の種類の一。種々の語に付いてある意味を添え、それの付いた語句を全体として体言と同じ働きをもつものとする。ほとんどが格助詞からの転用。「私のがない」「きれいなのがほしい」「行くのをやめる」の「の」や、「三〇キロからの重さ」「こうなったからは一歩もひけない」「向こうに着いてからが心配だ」の「から」など。(準体助詞@コトバンク)
しかし、「パソコン要らないやつです」を「パソコン要らないのです」に言い換えても、何かしっくりきません。「パソコン要らないのです」は、単に「パソコン要らないです」の強調表現に聞こえてしまいます。「黒いのです」が「黒いです」の変形表現であるのと同じです。どうも、準体助詞の「の」を「○○「の」です」という形式で使うと、正しく解釈されないようです。それでは、「○○のです」は常におかしいかというと、「○○やつです」と同じ意味に解釈できる状況もあります。たとえば、次のようなケースです。
客: 年賀状を印刷するプリンターを探してるんですが。
店員: パソコンが要るのと要らないのがありますが。
客: パソコンが要らないのはどれですか?
店員: これが、パソコンが要らないのです。
ちょっと苦しいかもしれませんが、正しく意味は伝わっていると思います。しかし、「○○のです」が成立するのは、質問に対する答えなど、「の」が指すものが明らかな場合だけであり、EPSON の CM のようなケースで、いきなり「パソコン要らないのです」と言っても、正しく解釈されないおそれがあります。CM のケースで、「パソコン要らないやつです」を準体助詞「の」を使って、意味が正しく伝わるように上品に言い換えることはできないのでしょうか。一生懸命考えてみましたが、まったく思いつきません(わかる方がいらっしゃれば、Diary 9246 の「パソコン要らないやつ」にコメントをいただけるとありがたいです)。
参考・参照サイト:
>> 準体助詞(の、ん、のん、たん)
カテゴリー: 5. 日本語
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